そして葬儀のクライマックスとしてトラジャ族の富の象徴である水牛が犠牲(いけにえ)にされ、その肉が振る舞われます。犠牲の水牛の数が多いほど、葬儀は立派なものとして称賛されるのです。
それが仏教文化の浸透や近年の近代化の進行の中で変容し、またあるところでは全く姿を消してしまったと思われます。しかし、それは手厚く葬ることで故人は祖霊となって一族や村を守る、というアジア稲作民族の独特の葬送文化の原点として、私たち日本人の中に、今も脈々と流れているのです。トラジャ族の葬送儀礼は、私たち日本人の心の故郷の原風景を垣間見せてくれるのではないでしょうか。