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土に入ってこそ、安らぎが得られるとの思想のもとに、数千年来、土葬の習慣が続いてきた中国。
しかし、一九五〇年代以降、人口が密集した都市部を中心に、火葬への移行が進められてきました。
そこで、今回はそんな中国の昔と今を訪ねます。
風水で決めた墓の位置
 元来、中国のお墓づくりには、二つの大きな特徴がありました。ひとつは、「風水」。風水とは大地の気の流れを読み取る技術で、日本でいう墓相や家相もその一部。中国では遺骸も含め、人の身体はすべて気の流れに影響されるもので、祖先の遺骸も風水的な観点から見た良い位置に埋葬されてこそ、富や子孫繁栄などの福が得られると考えられてきました。そのため、家族に何か凶事があると、遺骸を発掘し、新たな土地に埋葬し直すことさえ行われていたのです。

火葬を推進するため、1958年に
首都・北京に開設された八宝山革命公墓
血筋と世代を重んじて
 そしてもうひとつの特徴は「血筋の継承」へのこだわりとも言えるもの。一般に中国では、家系を受け継ぐのは男性のみ。一族の墓には塚が世代順に並び、ひとつの塚には夫婦が揃って葬られます。夫婦は次の世代へと血筋を受け継ぐ男子を持って初めて、自分たちもいつか祖先として祀られると感じることが出来ました。
 
土葬から火葬へ
 しかし、このような伝統的な中国の人々の埋葬意識にも、大きな変化を迫られる時がきました。一九五〇年代、毛沢東が火葬の導入を提唱。従来の土葬を改革し、封建的な風俗を取り除こうと呼び掛けたのです。実際、どんな広い国土を持つ中国も、都市部では人口が密集。ひとりひとりを土葬にしていたら、とても土地は足りません。
 一九八〇年代には、全国で14.5%、大中都市で70〜80%まで火葬が普及。さらに、これを推進させるため、人口密集地帯での火葬の義務づけ、その他の地域での土葬の制限などを盛り込んだ規定を発布しました。
 
遺骨は、納骨堂へ

火葬された市民の遺骨は、
壁にぎっしりと並ぶ
納骨堂の骨箱に 安置される。
 首都・北京では、一九五八年に、八宝山革命公墓に火葬場が開設。多くの遺体がここで火葬されるようになりました。八宝山で火葬された市民の多くは、なだらかな丘の上に建つ納骨堂「老山骨灰堂」を利用。故人の写真をはめこんだ木箱に遺骨を納め、ここの棚に安置します。

文化大革命に貢献した
共産党幹部の個人墓
さらに、多様化する葬送
 さて、数千年も延々と続いた土葬から、簡素な火葬へ。そして、近年では、揚子江河口での撒骨も盛んになりつつあるなど、葬送スタイルの多様化が進んでいる中国。しかし、どんなにスタイルが変わっても、人々の死者への思い、祖先への思いは変わらないのではないでしょうか。心の奥底に変わらぬ思いを抱きつつ、経済の発展期を迎えた時代にしなやかに順応していく。新しい葬送のスタイルから、中国の人々のたくましい姿が見えるようです。
 

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