監察医制度を通じて知る社会


公益社 大阪本店
倉 田 智 史


 目 次
序 論  
第一章 監察医制度の概要  
 
1−1 監察医制度のはじまり
1−2 監察医制度の目的
1−3 監察医制度のない地域
1−4 検案・解剖数
第二章 監察医制度の現状
 
2−1 警察からの要請
2−2 検案(死体検案)
2−3 行政解剖
2−4 死亡〜死体検案書交付までの流れ
2−5 死亡診断書と死体検案書
2−6 死亡届
第三章 社会の歪みが招く異状死
 
3−1 他人事ではない異状死
3−2 引き裂かれた父
3−3 外国人行旅死亡人との別れ
3−4 愛犬と独居老人
3−5 失踪宣告者の死
3−6
3−7 肉親
3−8 内縁者
第四章 行旅死亡人
 
4−1 身元不明死者
4−2 引取り拒否
4−3 日本の社会状況
4−4 まとめ
<補足>  


  序 論

 私の祖父の家は寺院である。父が幼い時分に祖父は他界し、以後父の姉家族が寺院を守り、布教活動を行い、今日も故郷北海道で寺院を守り続けている。私は幼い時分より、父がよく実家のお寺へ僧として手伝いに行く姿を見続けて成長し、縁あって浄土真宗本願寺派の僧籍を持ち、気が付くと故郷から遠く離れた地の葬儀業界に身を置いている。
 時は新興宗教団体がクローズアップされ、さらに葬儀業界において無宗教の葬儀が注目を浴びた頃、私は京都の龍谷大学の学生であった。当時、日本における仏教寺院の衰退を仲間内で語っていた。私が寺院のライバルと当時感じていたものは、他の宗教と葬儀業界であった。孫子の兵法いわく「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。」という言葉があるように、ライバルの現状を知らねば仏教寺院の生き残りはないと感じていた。そこで、どの宗教ともかかわりのある葬儀業界へ飛び込み学生時代を終えた。
 業界に入社し、非日常的な毎日を送る。日々「死」に直面する中で、「監察医制度」とかかわりを持つことになった。そこで知る社会はあまりにも哀しい。

 昨今は病院で死亡するケースが非常に多いが、人の死とは病院だけで起こりうるものではない。病院以外で亡くなった場合、どのような経緯を辿るか一般にはあまり知られていない。また病院で死亡診断書が交付できないこともある。そんな現実を仕事に携わる中で感じ、そして知った。
 この論文は、人が死んだ場合どのような経緯を辿るかを、一葬儀社の社員として述べ伝えるため作成したものである。

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  第一章 監察医制度の概要

  1−1 監察医制度のはじまり

 第二次世界大戦直後の日本は大変な混乱期であり、食糧難から多くの人々が栄養失調や伝染病で亡くなったとされている。医者に掛かることもできずに亡くなることが決して珍しいことではなく、病気の予防や伝染病に対する防疫ができない社会環境であった。
 そこで連合国軍総司令部は、伝染病等にかかった人の死因調査の方法として、日本政府に対し、アメリカで実施しているMedical Examiner's Systemを導入させた。これにより現在の主要都市における監察医制度の礎が誕生することになった。現在に至る経緯は以下の通りである。 

「監察医制度の歴史」

昭和21年4月1日 連合国軍総司令部から東京都への申し入れの結果、「東京都変死者等死因調査規程」を制定。東京都民生局長(後に衛生局長)の主管の下に東大、慶大に委嘱して日本で最初の監察医業務が東京で開始される。
昭和21年4月9日 厚生省から「公衆衛生ノ必要ニ依ル死体ノ検案及解剖ニ関スル件」として全国の主要都市に通達が発せられた。
昭和21年12月11日 連合国軍総司令部公衆衛生福祉部より厚生省医務局長に対し「監察医局の設置」に関する覚書により、各主要都市に監察医を任命配置するよう指令があった。
昭和22年1月17日 勅令第542号に基づく厚生省令「死因不明死体の死因調査に関する件」公布。監察医制度が東京に続いて大阪、京都、横浜、名古屋、神戸、福岡の7大都市に広げられ、各都市の医科大学がその業務を委嘱された。
昭和24年6月10日 「死体解剖保存法」公布。同年12月10日施行。
昭和24年12月9日 「監察医を置くべき地域を定める政令」が公布され、翌12月10日施行。実施地域が、東京都23区、大阪、京都、横浜、名古屋、神戸、福岡と定められた。
昭和60年7月12日 「監察医を置くべき地域を定める政令」の一部改正(京都、福岡の削除)。
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  1−2 監察医制度の目的

 現在は東京、大阪、横浜、名古屋、神戸において、それぞれの地域内における異状死またはその疑いのある死体の死因を明らかにするために監察医が検案を行う。もし状況により必要であれば行政解剖を行い、死因を明らかにする。監察医が行う究明対象は、病院で入院中の患者の死因ではなく、あくまで異状死体の死因である。下記に人の死の分類を整理する。

「人の死因の分類」

※1「病死」……

医師にかかっていて病名が明らかな時(内因死)
※2「異状死」… 病死であるが病名不明
病院にかかったことがない
診療中の急死
病院到着時心肺停止
すべての外力作用に基づく死亡(外因死※3)
内因死か外因死か不明
中毒死の可能性
死亡の状況が不明(等を監察医により死因を解明する)
※3「外因死」… 自殺や他殺及び薬物中毒、自動車事故、労災事故などによる災害死を包括した死亡

 
  医師法第21条(異状死体等の届出義務)によると、「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」とある。しかし「異状」について具体的に言及した条文はない。したがって「『異状死』とは何か」の定義が不明確となっている。そのため日本法医学教育委員会は届け出るべき事例を具体的に示すため「異状死ガイドライン」を公表しており、内容は下記の通りである。

「『異状死』ガイドライン」(平成6年5月)

1、 外因による死亡(診療の有無、診療の期間を問わない)
(1) 不慮の事故
A、 交通事故
運転者、同乗者、歩行者を問わず、交通機関(自動車のみならず自転車、鉄道、船舶などあらゆる種類のものを含む)による事故に起因した死亡。
自過失、単独事故など、事故の態様を問わない。
B、 転倒、転落
同一平面上での転倒、階段・ステップ・建物からの転落などに起因した死亡。
C、 溺水
海洋、河川、湖沼、池、プール、浴槽、水たまりなど、溺水の場所は問わない。
D、 火災・火焔などによる障害
火災による死亡(火傷・一酸化炭素中毒・気道熱傷あるいはこれらの競合など、死亡が火災に起因したものすべて)、火焔・高熱物質との接触による火傷・熱傷などによる死亡。
E、 窒息
頸部や胸部の圧迫、気道閉塞、気道内異物、酸素の欠乏などによる窒息死。
F、 中毒
毒物、薬物などの服用、注射、接触などに起因した死亡。
G、 異常環境
異常な温度環境への曝露(熱射病、凍死)。日射病、潜函病など。
H、 感電・落雷
作業中の感電死、漏電による感電死、落雷による死亡など。
I、 その他の災害
上記に分類されない不慮の事故によるすべての外因死。
(2) 自殺
  死亡者自身の意志と行為にもとづく死亡。
縊頸、高所からの飛降、電車への飛込、刃器・鈍器による自傷、入水、服毒など自殺の手段方法を問わない。
(3) 他殺
  加害者に殺意があったか否かにかかわらず、他人によって加えられた傷害に起因する死亡すべてを含む。
絞・扼頸、鼻口部の閉塞、刃器・鈍器による傷害、放火による焼死、毒殺など。
加害の手段方法を問わない。
(4) 不慮の事故、自殺、他殺のいずれであるか死亡に至った原因が不詳の外因死。
  手段方法を問わない。
2、 外因による傷害の続発症、あるいは後遺障害による死亡
  例) 頭部外傷や眠剤中毒などに続発した気管支肺炎
   パラコート中毒に続発した間質性肺炎・肺線維症
   外傷、中毒、熱傷に続発した敗血症・急性腎不全・多臓器不全
   破傷風
   骨折に伴う脂肪塞栓症  など
3、 上記1または2の疑いがあるもの
  外因と死亡との間に少しでも因果関係の疑いのあるもの。
外因と死亡との因果関係が明らかでないもの。
4、 診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの
  注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。
診療行為自体が関与している可能性のある死亡。
診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合。
診療行為の過誤や過失の有無を問わない。
5、 死因が明らかでない死亡
(1) 死体として発見された場合。
(2) 一見健康に生活していた人の予期しない急死。
(3) 初診患者が、受診後ごく短時間で死因となる傷病が診断できないまま死亡した場合。
(4) 医療機関への受診歴があっても、その疾病により死亡したとは診断できない場合
(最終診療後24時間以内の死亡であっても、診断されている疾病により死亡したとは診断できない場合)。
(5) その他、死因が不明な場合。
病死か外因死か不明の場合。
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  1−3 監察医制度のない地域

 監察医制度がある都市は、東京23区、大阪、横浜、名古屋、神戸の5つの都市である。この他に、監察医制度に準じた地域として、東京三多摩地区、沖縄、茨城、神奈川の一部では行政が財源を出して行政解剖を行っている。
 監察医制度がない都市においては、警察の検視後、警察医と呼ばれる、警察署の産業医等によって検案が行われる。死因が不明な死体については、行政解剖ではなく承諾解剖という形で大学において死因の追及が行われる。しかし検視の段階で、わずかでも犯罪の可能性がある場合は司法解剖が行われる。 

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  1−4 検案・解剖数

 異状死とされる扱いの死体に対して、警察による検視後、監察医制度のある都市では監察医が検案を行い、必要であれば死因追求のため行政解剖が行われている。

※ 大阪府監察医事務所では、交通事故死、火災での死亡は取り扱っていない。

 前頁の表は、東京都と大阪府が監察医務事業において毎年発表している資料を比較して表にしたものである。東京においては年間約10,000体の検案要請に対して、年間約2,500体の行政解剖を行っている。大阪においては年間約4,000体の検案要請に対して、年間約1,000体の行政解剖を行っている。

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  第二章 監察医制度の現状

  2−1 警察からの要請

 警察は異状死の通報を受け、現場へ駆けつけ検視を行う。検視により異状死体は分類される。目的は検視官による検視の結果、その人の死亡に誰かが責任がある場合に解剖でそれを確めることで、大学の法医学教室において司法解剖が行われる。犯罪性がない場合、あるいは犯罪であるかどうか不明な死体において、監察医制度のある地域では、警察が監察医に対して検案要請を行う。

「異状死〜検視までの流れ」 

※1 検視………… 警察官がみて調べることであり、犯罪性の有無を判断する。
検視には、司法検視と行政検視がある。
    司法検視…… 異常死体が犯罪に関係していると考えられる場合、検察官、司法警察員、刑事調査官らが死体をみること。
    行政検視…… 非犯罪死体を司法警察員がみたうえで死体見分調書を作成し、医師が立合い死体をみること。
※2   犯罪死体…… 死亡が犯罪によることが明らかな死体。(司法検視)
※3   変死体……… 変死者または、変死の疑いがある死体。(行政検視)
※4   非犯罪死体… 死亡が犯罪によらないことが明らかな死体。(行政検視)
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  2−2 検案(死体検案)

 検案(死体検案)とは、医師が死因等を判断するために死体を外表から検査することを指す。
 検案要請を受けた監察医は現場で検案を行い、死因の究明にあたる。監察医の検案により死因が判明した場合、死亡診断書に代わる死体検案書が交付される。死因が不明であれば行政解剖を行う。その上で死体検案書が交付される。これにより遺族は故人に対して葬儀をあげること、埋葬、火葬すること、生命保険等の請求を行うことが可能になる。また、検視の段階では不透明であった犯罪の可能性を見極める機能も合わせ持っている。

「検案〜死体検案書の交付まで」 

検案の目的
死因の推定、死亡時刻の推定、損害の有無、個人識別。
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  2−3 行政解剖

 行政解剖とは、行政の責任による死因調査を目的とした解剖である。日本において行政解剖を行うことが可能である条件は以下の3項目である。

「行政解剖ができる条件」

検疫法第13条による解剖
船、航空機を介してのコレラ、ペストなどの法定伝染病の侵入を防止する目的で検疫所長が必要と認めた場合。
食品衛生法第28条による解剖
知事または保健所を設置する市長が、食中毒のように食品衛生上死体の解剖が必要と考えられる場合。
死体解剖保存法第8条による解剖
政令で定める地域(東京、大阪、横浜、名古屋、神戸)を管轄する都道府県知事は、その地域内における伝染病、中毒、自殺、災害死などの疑いのある死体、医師にかかっていない死体で死亡した死体、その他死因不明の死体について死因を明らかにするため監察医に検案させ、検案で死因が不明の場合。
(また行政解剖中に異状が認められた時、異状死体として警察に届出、司法解剖に切り替える。)

 監察医制度はの項目である死体解剖保存法により行政解剖を認められている。

 行政解剖や司法解剖の他に医師が行う解剖には病理解剖と正常解剖がある。
 病理解剖とは、病院で亡くなった患者を死後すぐに解剖し病気・病変を調べて、今後の医学研究に役立てることを目的としている。病理解剖は、遺族からの承諾が必要なため、承諾解剖とも呼ばれる。
 正常解剖とは、医学生の教育のために行なわれる解剖であり、解剖の対象は大学に登録した有志者である。

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  2−4 死亡〜死体検案書交付までの流れ

「自宅・職場・路上(等)で容態が急変して亡くなった場合」

※1 かかりつけ医師がかけつけ亡くなった場合、診断していた病気以外で亡くなった場合や、診療後24時間以上経過して亡くなった場合、異状死の届けを行う。
※2   救急隊員により死亡が確認された場合、救急車による搬送はされない。
※3   搬送後24時間以内に死亡した場合、医師は死亡診断書を交付できない。
搬送後24時間以上生存し、死亡した場合は立会った医師により死亡診断書が交付される。
※4   警察以降の流れについては、2―2の「検案〜死体検案書の交付まで」を参照。
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  2−5 死亡診断書と死体検案書

 死亡した場合、医師により死亡確認がされ死亡診断書が交付される。しかし、医師が死亡診断書を書くことができない場合が存在している。医師法による制約が存在し、下記の条文に定められている。

「医師法20条及び21条」

医師法 第20条(無診療治療等の禁止)
 医師は自ら診療しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立会わないで出生証明書若しくは死産証明書を交付し、又は自ら検案書を交付してはならない。但し診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りではない。
医師法 第21条(異状死体等の届出義務)
 医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

 すなわち、医師法によると患者として診たことがない死体に対して、死亡診断書は交付できない。また、24時間以上診た患者以外の患者の死に対しては、24時間以内に所轄の警察署へ届け出なければいけない。

 死亡診断書も死体検案書も死亡届の書類にかわりはない。しかし大きな違いは、医師が多少でも生きているうちに患者を診て、その後亡くなったケースには死亡診断書を交付する点である。
 これに対し死亡してから診た場合は、死体検案書を交付するということである。

 平成7年1月1日より様式が改訂された。次ページの書類が死亡届の右側の部分である。左側は遺族の署名欄であり、右側は医師により書かれる「死亡診断書」「死体検案書」である。共に書類の様式は同じであり、使わない方を横2本線で抹消する。


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  2−6 死亡届

 死亡診断書、あるいは死体検案書の右側は、医師により故人の死因等が記載されているのに対し、左側は役所へ提出するための死亡届になっている。
 故人についての情報を記入する欄と、届出人という項目欄がある。故人の戸籍を抹消するために、届出人が必要となる。届出人として1〜8までの該当者のみ死亡届を出すことができる。下記は、該当資格者とはどのような人々かを示した図である。

「死亡届の届出人」

1、同居の親族 故人の血族6親等、親族3親等、姻族3親等まで
2、同居していない親族 故人の血族6親等、親族3親等、姻族3親等まで
3、同居者 故人と住民登録地が一緒の者
4、家主  家主
5、地主 地主
6、家屋管理人 家屋管理人
7、土地管理人 地主と別の管理者(駐車場等)
8、公設所の長 公設所の長

 

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  第三章 社会の歪みが招く異状死

  3−1 他人事ではない異状死

 誰もが、家族に見守られて亡くなるわけではない。様々な境遇の中で人は生き、亡くなっていく現実が存在しており、私は業務を通じてそういったケースを心が痛くなるほど見続けている。
 例えば、両親、子供1人の家庭。
 父親は出社前に健康管理のため毎朝ジョギングすることが日課であり、母親、子供は父親のジョギング中に出勤や通学をしていた。
 ジョギング中、突然父親がその場にうずくまり倒れ、通りかかった人が救急車を呼び、搬送された病院で24時間を待たずに亡くなってしまうとする。
 病院側では死亡診断書の交付ができないため、警察へ通報する。警察は所持品から身元を割り出すと同時に、検視を行い事件性がないと判断し、監察医へ検案要請を行う。ジョギング中ということもあり、身元がわかりそうな所持品を父親は所持していなかった。そのため警察は「不詳男性」ということで、身元捜査を行う。
 父親の遺体は病院から警察署へと移され、やがて監察医によって死因究明のための検案が行われ、結果、監察医事務所で解剖を行うこととなった。
 無断欠勤などしたことがない父親だったため、勤め先の会社が不審に思い、自宅へ電話をするが、母親は職場、子供は学校のため留守。留守番電話に会社が趣旨を伝える内容を録音した。その間、父親の遺体は解剖され、警察は路上変死ということで、死体取扱規則(※)に従い、管轄の区役所の支援運営課へ連絡を入れると同時に身元の捜査を行っている。指紋から身元を割り出そうとするが、父親に犯罪歴など無く特定できない。

  (※)死体取扱規則とは

警察官が死体を発見し、又は死体がある旨の届出を受けた場合における死因の調査、身元の照会、遺族への引渡、市区町村長への報告等その死体の行政上の取扱方法及び手続き等の警察の規則である。

 
  家族は父親の死などまだ知らないため、捜索願も出していない。父親は未だ、氏名、住所不明の「不詳男性」のままである。
 夕方、子供が帰宅し、留守番電話の録音内容を聞き、母親の携帯電話へ連絡するが、仕事中のため連絡が取れなかった。仕方なく母親の帰宅を待って話すことにして塾に向かった。
 父親の遺体は、区役所からの依頼で葬儀業者が棺に納め、火葬手続きが進められていた。警察は手掛りがないため、区役所へ一任し、引き続き身元の捜査を続けている。
 やがて、母親が帰宅。夕飯の準備を終えた頃、塾から子供が帰宅して留守番電話の内容を母親に伝える。母親は父親の会社へ連絡を取るが、業務が終了していたため連絡が取れず、明日の朝1番に再度電話をすることにして、その晩は父親からの連絡を終始待つことになった。
 翌日、母親は戻らない父親を心配して朝1番に父親の勤務先へ電話を入れ、会社との話し合いの結果、行方不明ということで警察に届けを出しに行った。警察へは母親と会社の人と2人で向かい、会社から近い警察署へ届けることにした。「捜査のうえ連絡を入れます」ということであったので、そのまま母親は帰宅した。その頃、父親の遺体は火葬場へ向けて出発していた。警察は家族からの届けで、ようやく「不詳男性」の身元に目途が立った。警察は早速家族を呼び出し遺体の写真を見せて確認を行い、「間違いない」ということで、身元が判明した。しかし時すでに遅く、父親の遺体は火葬場で荼毘に伏されていた。家族は亡くなった父親を写真でしか見ることができず、遺骨だけを手にするのである。
 「検視」や「検案」さらには「身元不明死者」などといったことは、誰もが無縁の存在だと思いがちである。しかし現実には、誰もがその対象になり得る可能性を秘めている。「異状死」という言葉を聞くと犯罪性を連想するが、犯罪性をもたない「異状死」も数多く存在している。
 以下は、業務を通じて知った現実社会に埋没している「異状死」を紹介するものである。 

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  3−2 引き裂かれた父

 海岸で下半身だけが発見された。
 警察は通報を受け、現場から遺体を引き上げ、警察署内の霊安室で検視を行う。胴体から切断され、長時間海中を彷徨っていたことが明らかであった。認識できるのは、男性であるということだけである。検視の結果、事件性の疑いがあるとされ、地域の大学の法医学教室において司法解剖が行われた。
 身元は不明である。そのため警察は、発見場所を管轄する区役所へ身元不明死者の報告をいれる。司法解剖後の下半身だけの遺体は、区役所あるいは警察から依頼を受けた葬儀社が引取りに来る。
 警察の話によると、遺体は何らかの理由で溺死した者が、海中を漂っているうちに近くを通過したフェリー船のスクリューに巻き込まれ、引きちぎられ、下半身だけが現段階で発見された、という事である。上半身も近々発見される可能性が高いという。遺体発見場所を管轄する区役所も、警察からその報告を受けていた。そのため、下半身だけの火葬に対して区役所側は難色を示していた。
 なぜなら、下半身だけを先に火葬すると、その後上半身が発見された場合、万一同一人物であれば、同一人物に対して火葬許可書が2回発行されてしまうからであり、同一人物に対して、2体分の火葬費用(行旅死亡人扱い)を行政が負担しなければならないことにかなり不満があるようである。
 行旅死亡人については、その遺体が大人であるか小人であるかで、行政側から葬儀社へ支払う金額が異なる。今回は下半身だけであるから、大人料金の半額であるというような話にはならない。そのような事情が区役所側にあったため、下半身はしばらくの間保冷庫で安置され、保管されることになった。
 数日後、今度は上半身と思われる死体が海岸で発見された。警察は上半身を引き上げ、前回同様に警察署内の霊安室において検視を行い、その後、大学の法医学教室において司法解剖が行われた。下半身同様、遺体の状況は悪く、とても顔から身元が確認ができる状態ではなかった。解剖の結果、上半身も前回の下半身同様、フェリー船のスクリューで引き裂かれたものとされた。しかし、前回発見された下半身と同一人物であるかについては、DNA鑑定を行うこととなった。
 警察は上半身の遺体から、かろうじて指紋を採ることができたらしく、指紋の照合結果から上半身の遺体の身元が判明した。
 故人は、妻と息子たち2人と暮らす50代の男性であった。遺族の話によると、故人は会社をリストラになったことがきっかけで、家族といざこざが絶えなかったという。1ヶ月ほど前に、「仕事がみつかるまで帰ってこない。」という書置きを残し、行方不明になったという。
 上半身は間違いないが、下半身に関してはまだDNA鑑定の結果が出ていない。そのため、DNA鑑定の結果が出るまで遺体の引取りと葬儀は延期されることとなった。
 それから数日後、遺族から火葬についての依頼があり、引き裂かれた遺体を一つの柩に納棺して、火葬を行った。 

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  3−3 外国人行旅死亡人との別れ

 区役所から行旅死亡人の火葬をお願いしたいという依頼があった。早速、遺体が安置されている警察へ駆けつけ、遺体を確認した。警察の話によると、遺体は外国人だという。窃盗途中にビルからビルへ飛び移る際に転落し亡くなったという。遺体は警察の検視後、司法解剖にはならず、監察医により検案されて、死体検案書が交付されていた。
 遺体を納棺した後、区役所で火葬の手続きをするために支援課を訪問すると、担当職員から、故人の出棺にあたって参列する友人がいるとのことを伝え聞いた。友人なので、遺骨を引渡しすることはできない事情を再度区役所側から伝えてもらい、納得してもらった上で、火葬日の当日、出棺前に参列に来ることになった。
 火葬当日に参列できない事情のある人が、前日に最後に一目顔が見たいということで当社へやって来た。柩を開け、線香を上げてもらう準備を整え、安置室へ案内した。
 参列者に故人の顔を見てもらい、線香を立ててもらった。数名の外国人の1人に柩の蓋を開けてほしいと頼まれ、蓋を開けた。外国人の一人がおもむろに故人を眺めた上で、故人に掛けていた掛け布団をめくった。柩の中で、仏衣を着た故人が横たわっている。数名の外国人たちはその姿を見て母国語で話をはじめた。数分後、参列者の代表が、日本語で身振り手振りを交えて言った。
 「なぜ白い着物を着ているのか?」と。
 警察で遺体を引取った当初、遺体は裸であった。検視のため着ていた衣服は脱がされるからである。ビルからの転落ということもあり、着ていた着衣は血まみれである。検視を行う上で、遺体から着衣を剥がす際、時にはハサミを使う。
 行旅死亡人とは、本籍、居所が不明であり、尚且つ引取り者がいない死体であることが前提である。「外国人だから」という別途扱いは存在していない。そのため当社では白い仏衣を着せて納棺したと説明した。
 参列した外国人数名は日本へ来ている留学生で、日本へ来た当初、故人に非常にお世話になったと言う。いつの日か、受けた恩を返す思いを胸に秘めながら日本において勉学に励んでいたそうだ。しかし、警察で亡くなったいきさつを聞いたらしく、胸中おだやかでない様子であった。その思いが、口調と手振りから伝わる。
 最後に故人のために、服を着せ替えたいという。参列者の1人が日本へ来た当初、故人からもらったというスーツをカバンから取り出し、そこで、参列者と共に遺体の服の着せ替えを始めた。遺体は防腐処置のためにドライアイスを当てていた。そのため遺体の手足は簡単には曲がらなかった。それでも参列者たちの思いが、何故か痛いほど伝わった。数時間に渡る着せ替えを終えた後、柩の中に手紙を入れ参列者は帰宅した。
 火葬日当日、数十名の参列者が故人と最後の別れを行った。 

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  3−4 愛犬と独居老人

 一人暮らしをするお年寄りは、今の時代決して珍しくはない。
 夫と妻、息子に娘の一家4人の時代もあったが、歳月は流れ、息子は就職し仕事の都合で上京。娘も就職後結婚。やがて息子も結婚し、娘も息子も親元を離れ、それぞれ生活を送っている。夏休み期間になると、息子家族も娘家族も、孫たちを連れて頻繁に帰省していた。やがて孫たちも成長し、それぞれの道を歩み出した頃、夫が先立った。
 息子に娘は、母の一人身を心配し、寂しさをまぎらわすためにペットをプレゼントした。小型の室内犬で、愛嬌のある子犬である。母は息子と娘に対して感謝し、ペットとの生活がはじまった。父の死後、母は出歩くことも減っていた。しかし犬を飼うとそうもいかなくなった。散歩にも連れて行かなくてはいけないし、エサの仕度もしなくてはならない。母がだんだんと元気を取り戻していく姿を息子も娘も感じていた。しかしながら、母も老いには逆らえなかった。
 「母へ電話をしても、電話がつながらない。」兄からの電話を受け、妹である娘は、母の様子を伺いに行くことになった。娘も子供や夫の世話さらにはパートと、なかなか忙しい日々を送っていたため、おいそれと母の住む田舎へと帰省できずにいた。息子も気にはなっていたが、多忙を極めていた。そのため実家近くの警察に母の生存確認をお願いした。
 通報を受けた地元の警察署は地域の交番から、警察官を派遣した。郵便受けには新聞が入りきらないほど溢れ、玄関の扉の前に積み上げられていた。電気メーターも動いている。窓はすべてカーテンが閉められていた。警察官は自宅の呼び鈴を鳴らすが、人による応答がなかった。ただ、犬がいるらしく家の中から吠えていた。警察官は状況を所轄の警察署へ連絡し、突入の連絡指示を受け、家の中へと踏み込んだ。
 家屋内は暗く、部屋中に鼻をつくような異臭が充満していた。警察官が手で鼻を覆い隠そうとした瞬間、家の中から犬が襲いかかってきた。警官は手を噛まれ血がにじみ出たが、命には支障はなかった。別の警官が、異臭が強く発せられている寝室らしい部屋へ足を踏み入れると、顔だけが白骨となっている老人の死体が布団に横たわっていた。
 警察官からの連絡を受けた刑事課は、現場へ直ちに駆けつけ検視を行った。検視の結果、遺体は一人暮らしをしていた高齢者である女性で、布団の中で亡くなり、その後エサに困った犬が飼い主である高齢者の顔を舐めていたのではないかという判断であった。遺体は警察署内の霊安室へ移動し、監察医へ検案要請を行った。監察医による検案の結果、死因不明のため行政解剖を行うことになった。
 その後、高齢者を癒した愛犬は、人間を食した疑いで処分された。 

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  3−5 失踪宣告者の死

 7年間行方不明の者は、家族の届出により家庭裁判所の判断で失踪宣告が受理される。
 家族も親族も、どこかで生きているであろうことを願いつつ、日々の生活を送っている。そんな思いを持ちながら、数十年時が流れた。ある日突然、警察から電話が入った。
 亡くなったという知らせである。ついては故人の本人確認をしてもらい、遺体を引取ってほしいという連絡であった。家族はその知らせを受け、警察署へと急ぎ、故人が数十年前に行方不明になった本人であるかどうかを確認する。
 家族の心境としては長年会っていなかったため、顔を見ても本人であるかどうか自信がないのが本音である。しかし家族の絆とは不思議なものである。
 「亡くなったおじいさんにそっくりだ。」と家族は口をそろえる。その後、間違いないということで遺体は火葬され、遺骨は家族と共に数十年ぶりに帰省した。
 失踪宣告が受理されていた者が発見された場合、たとえ死亡していた場合でも届出を行った裁判所に失踪宣告の取消を行わなくてはならない。火葬許可書は下りるが、戸籍上の正式な抹消は失踪宣告を取り消さなければ正式なものにならない。 

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  3−6 酒

 男は酒を飲んだ後、いつものごとく銭湯に赴き湯船につかっていた。酒を飲んだ後の入浴は、誰しも知るように気分の好いものだ。しかし同時に危険性をはらんでいる。夕方の混雑時が過ぎた閉店間際だったため、客も少なかった。番台の店主が店じまいを客に伝えるため、風呂場をのぞきこむと、湯船に顔をつけ浮かんでいる客の姿を発見した。店主は酒臭い客を引き上げ、119番通報を行った。
 数分後、救急隊員が駆けつけ近くの緊急病院へ搬送したが、病院到着時には心肺停止状態であり、死亡が確認された。病院側は、搬送後間もない死亡だったため、警察に異状死の届出を行った。
 通報を受けた警察はすぐに現場に駆けつけ検視を行った。結果、事件性がないことを確認した上で遺体を警察署にある霊安室へと搬送し、監察医へ検案要請を行うと同時に、遺体の身元捜査がはじまった。
 翌朝、監察医による検案が行われ、検案の結果、死因不明のため行政解剖が行われることとなった。警察の調べでは、風呂屋の店主の証言から、故人は銭湯の近くで一人暮らしをしている50代の男性であることが判明していた。故人の親族は近くには住んでおらず、両親はすでに他界しており、故人の身内は遠方に弟が存在しているだけであった。警察は早速、遺族へ連絡を取るが不在であった。
 遺体は行政解剖を行うために大阪府監察医事務所へと移動されていた。警察はそんな最中、遺族である弟にようやく連絡を取ることに成功する。弟は警察からの連絡を受け、遠方より駆けつける。
 弟は警察で事情を聞き、故人の顔確認を行うために、大阪府監察医事務所へ馳せ参じる。そこで、数年ぶりに兄に面会するのである。
 遺体は湯に浸かっていたため、かなりの変色をきたしていた。弟は、変わり果てた兄の姿を目の当たりにするが、到底、目の前に横たわる遺体が兄であるとは納得できなかった。そのため「兄ではない。」と警察へ伝えた。
 警察は状況や、故人宅の捜査線から本人であることが間違いないと確証していたため、遺族へ説明を行ったが、弟はきっぱりと警察を跳ねつけ、帰宅した。
 しかし翌日遺族である弟から、連絡が入った。一度は「兄ではない」ときっぱり断ったが、確認を行った際の顔が、頭の中から離れないというものであった。そのため、もう一度警察で事情を聞き、弟は兄の遺体を引取り火葬を行った。出棺前、缶ビールを2本柩の中の遺体にかけてあげて欲しいと懇願され、故人にビールを注いだ。
 「酒に頼らなければ、いつでも帰ってこれたろうに・・・」という遺族のつぶやきが、とてつもなく心を刺激した。出棺後、弟は最後に見た兄の顔を振り払うかのごとく、兄の遺骨をかかえて帰省した。 

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  3−7 肉親

 故人との間にわだかまりが折りなす遺族の葛藤は様々である。警察は様々な境遇におかれた立場の遺体を取り扱い、引取り者を捜査する。北は北海道、南は沖縄、または海外からも遺体を引き取りに遺族がやって来る。
 「何で俺が、供養せんとアカンのや!」
 刑事を罵倒する声が、刑事課の外へ聞こえてくる。故人は未婚者で子もおらず、両親は共にすでに他界。故人には妹がおり、妹一家へ亡くなった連絡が入った。警察からの電話ということもあり、遺族は至急警察を訪ねた。やって来たのは、故人の妹の息子で、故人から見て甥にあたる。
 警察で事情を聞くと、故人を引き取ってくれという話であったことに対し、腹を立てているようであった。
 「引き取っても、火葬するのに金がいるやろうに!他にも親戚がいるんだから、そっちに言え!」警察も費用に関しては、親族同士で話し合う問題なので顔を歪める。結果、遺体は遺族が分かりながらも、引取り手のない形となった。
 火葬するだけであっても、費用は当然発生する。費用を負担することに懸念を示す遺族は、昨今の経済事情から決して少なくない。経済事情によって、いたたまれない社会環境を作り出している。故人への思い、死者に対するいつくしみ、如いては祖先崇拝までもが崩れかかっている気がしてならない。
 故人が我が子であっても、眉をしかめる事件が多発している。平成16年春、大阪市内の葬儀業社A社において、「赤ん坊を火葬してほしい」と言って、母親自らが亡くなった我が子を連れて訪れた。A社は、死亡診断書を求めたところ、母親は持っていないことを明らかにした。不信に感じたA社が警察に届出た。
 警察の調べによって、赤ん坊は母親に殺害されたという事実が発覚した。 

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  3−8 内縁者

 入籍をせずに共に生活している人々は、世の中に多く存在している。個々の事情は様々である。生前問題なく生活をしていても、死後、思いもよらないことが待ち受けている場合が存在する。
 内縁の妻の場合、死亡届を出すためには法的に同居者という扱いになる。しかし、同居者には条件が存在する。故人と住民登録地が同じでなければ、法的には同居者という扱いにならない。すなわち故人と住民票が同じでなければ、内縁の妻では死亡届の届出人になることができない。
 住民登録地が異なるのであれば、故人と共に生活をしていた証明が必要になる。地域の民生委員や区役所の窓口で相談しなくてはいけない。証明がおりなければ、内縁者の届出では遺体を火葬する許可がおりない。その場合、故人が居住していた場所の家主や家屋管理人が死亡届を出す形も存在している。 

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  第四章 行旅死亡人

  4−1 身元不明死者

 身元不明死者の多くは、「行旅死亡人」という扱いで火葬される。

「身元調査〜火葬までの流れ」 

※1 大阪市内においては、火葬後1年間は火葬場で遺骨を保管し、その後、無縁仏の扱いとなる。

 
  「行旅死亡人」とは法律上、旅行者や居住地が定まらず転々としており(行旅中)、なおかつ引取者のない遺体を指す。住所、居所、氏名が不明でかつ、引取者のない人も「行旅死亡人」と見なされる。
 「行旅死亡人」のほとんどが路上での死者で、ホームレス(野宿生活者)というイメージが先に立つが、決してそうではない。昨今の社会的事情から、確かに多く見受けられるが「行旅死亡人」全てがホームレスではない。身元不明がゆえに、引取者への連絡がつかない死亡者たちや、また遺族により引取りを拒否された死亡者も「行旅死亡人」である。
 他には葬祭扶助という制度がある。引取者がいない故人が生前生活保護を受けていた場合、行政側が葬儀費用を負担してくれるというものである。また遺族が区役所に葬祭扶助の申請を行い、受理された場合において行政の負担で葬儀を行うこともある。 

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  4−2 引取り拒否

 遺族である親族にとって、故人は必ずしも愛すべき者でない。亡くなったことを伝え聞いても、引取りを拒否することが現実問題として存在している。引取りを拒否するケースとして、大きく分けると以下のようになる。

「引取りを拒否するケース」
生前の故人に対する事情による場合
連絡を受けた親族が故人を知らない場合
経済的事情による場合
その他
生前の故人に対する事情による場合
 これに関して、第3者である警察、区役所がいくら遺族を説得しても、どうすることもできない問題が故人との間にあったと推測される。
 かつて「死んで仏になったんだ。仏さんには罪はない。」と言って拒否する遺族をなだめ、故人を無縁仏にさせない配慮があったが、今は聞く耳を持たない人々が多い社会環境になっている。
 遺族により拒否された遺体は、遺族に代わり行政が火葬する。先に述べた通り、現在大阪市では、遺族の感情を配慮し、例え引取り拒否のケースであっても、火葬後すぐにその遺骨は無縁仏にはしない。一年間火葬場で遺骨を保管している。
連絡を受けた親族が故人を知らない場合
 警察や区役所から突然の死を告げられても、故人について名前は聞いたことがあっても顔を知らなかったり、小さい頃にお年玉をもらったなどという記憶はあるがそれ以上のことは何も知らなかったり、あるいは全く知らない場合が存在する。これについても、死亡届の届出人資格と関係がある。
 死亡届の届出人資格の 2、同居していない親族(1、同居の親族も同じ範囲)の範囲は、故人の血族6親等内、配偶者、姻族3親等内となっている。(親族の範囲については別紙参照)

 別紙の通り、かなり範囲に幅がある。そのため故人が高齢者であった場合、引取り可能な親族が生存していない場合もあり、連絡を受けても故人を知らないケースがある。

経済的事情による場合
 遺体を引き取るにあたって火葬するための費用が発生する。そのため、経済的理由から遺体の引き取りを拒否するケースも発生している。
その他
 故人が誰なのか指紋によっても確認できない場合が存在する。人は亡くなると腐敗していく。警察・区役所が本人であるかどうか確認するために、遺族に故人の顔確認をしてもらうが、顔の判別がつかない場合が存在する。その場合、故人が特定不可能となる。
 あるいは、遺族による費用負担でDNA鑑定を行い確認する場合もある。
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  4−3 日本の社会状況

 人は誰しもいつかは死亡する。死は突然におとずれるという同じ条件の下、私たちは日々の生活を送りながら、様々な社会問題に直面している。
 現在日本国内において経済的に苦しい遺族や、遺族と対面できない身元不明死者が増加する傾向にある。そういった社会情勢の変化を示す一要因として、自殺者の増加やホームレスの増加を挙げることができる。(下図参照)

 

*平成12年度の全国のホームレス数は未調査のためデータはない。

 大阪市は全国で最もホームレスが多い都市である。ゆえに弱者の弱みにつけこむ者も存在する。ホームレスに生活保護を受けるように持ちかけ、手数料として保護費の大半を取り上げるヤカラまで発生している。(平成16年5月19日朝日新聞)
 近畿2府4県の完全失業率は前年同月比1.2ポイント低下の6.3%となった。しかし完全失業者数は現在66万人存在している。(平成16年4月30日日本経済新聞)そのような社会不安が生み出す諸問題と、異状死との関係は、全く別問題の話ではないと強く認識する。
 厚生労働省は、社会福祉の主たる対象について、従来の「貧困」だけではなく様々な要因の存在があることを示している。(下図参照)


横軸は貧困と、心身の障害・不安に基づく問題を示すが、縦軸はこれを現代社会との関連で見た問題性を示したもの。
各問題は、相互に関連しあっている。
社会的排除や孤立の強いものほど制度からも漏れやすく、福祉的支援が緊急に必要。
(「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」報告書より)
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  4−4 まとめ

 当社において監察医業務を担当し、日々葬儀に携わる中で、死んでから遺族に引取りを拒否されるという現状を目のあたりにしている。
 故人に対して遺族が引取り拒否をするという現場を数多く見続け、立会うと人間不信になってくる感すらある。中国の思想家で性悪説の代表であり、法家として名高い韓非子は「人間は利によって動く」と言っていたがある種、的を得ている。しかしそれが社会全体のモラルになってしまっては、あまりに哀しいと強く感じている。

 目前に出棺がせまる遺体が柩に入って横たわっている。会葬者はいない。念仏の1つも唱える坊さんもいない。ただ火葬されるのみの行旅死亡人。
 出棺に携わる葬儀社の社員は、線香を1本立て合掌し、リンを鳴らす。線香が消えるのを待ち、出棺車輌の到着を確認し、柩を寝台車へと移して火葬場へと出棺する。
 そんな業務の中、当社の先輩社員Mは体験談を語る。
 柩を乗せた寝台車を見送った後、1本の電話が鳴り響いた。電話の主は警察からである。遺族が見つかったという内容である。これから遺族と共に遺体の顔を確認しに行くとのことであった。
 対応にあたった当社社員のMは、大慌てで火葬場へ連絡を入れ、火葬をキャンセル。数分前に出棺した寝台車に戻ってくるよう携帯で伝えた。
 数十分後、火葬をまぬがれた柩は戻ってきた。やがて刑事に連れられてやってきた遺族は、柩の中の遺体を確認した。顔を見て、
 「間違いないです。父です。」と、うっすら涙を浮かべてつぶやいたという。
 その涙を見た瞬間、遺族のためにできるだけのことをしようと、あらためて感じたそうだ。身元不明だった故人を探している人も存在しているのである。遺体を通じてのかかわりの大切さをM氏は私に語ってくれた。

 論語の中にこのような一節がある。
 孔子曰く
 「行政を法制のみに依ったり、治安に刑罰のみを用いたりするのでは、民はその法制や刑罰にひっかかりさえしなければ何をしても大丈夫だとして、そのように振舞ってなんの恥ずるところもない。しかしその逆に、行政を道徳に基づき、治安に世の規範を第一とすれば、心から不善を恥じて正しくなる。」
 現状としてモラルの乱れを多々実感する。新聞紙面に載ることがない哀しみを、日々業務を通じ体験すると同時に、社会環境の劣悪さを痛感せざるを得ない。我々も「行旅死亡人」になり得る要素は皆無ではない。「検視」や「検案」さらには「身元不明死者」などといったことは、誰もが無縁の存在だと思いがちであるがそうではない。
 そんな要素を抱えながらも、現実の社会環境の中では皆、他人事のように日々の生活に追われている。先の図に示れている通り、現実社会の社会福祉が抱えている諸問題が「行旅死亡人」の数を増加させている気がしてならない。
 今後の課題として、一葬儀社として果たすべき社会的責任とは何であるか、を考えつつ一社員として御霊を大事にしていきたい。さらに、それらの観点に比重を置き、よりよい行政と企業との協働を確立させるため全力を尽くしたい。

以上 

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  <補足>

大阪府での監察医制度のはじまりと公益社
  大阪府においては、昭和21年4月9日に厚生省からの通牒(公衆衛生ノ必要ニ依ル死体ノ検案及解剖ニ関スル件)を受け大阪府知事は昭和21年4月26日に「大阪府変死者等死因調査規定」を公布した。同年4月30日より大阪大学医学部内において死因調査事務が開始される。

「大阪府監察医事務所の歩み」

昭和29年3月22日 「大阪府死因調査事務所規程」が制定される。
昭和56年4月1日 名称を「大阪府死因調査事務所」から現在の「大阪府監察医事務所」へ変更。
平成2年7月1日 大阪大学医学部の吹田キャンパス移動に伴い、大阪市中央区馬場町1番6号へ大阪府監察医事務所を移転。
平成12年4月1日 大阪府衛生行政事務手数料条例が施行され、死体検案書が有料となる。

 
  公益社は大阪に監察医制度が発足した敗戦直後から行政解剖となった解剖体の搬入業務を行っている。大阪府からの業務委託(現在は入札制)という形で大阪における監察医制度とかかわっている。敗戦直後大阪の行旅死亡者(路上で死亡した人)は、昭和20年8月から昭和21年7月までの間で727人。この行旅死亡者の収容作業を大阪市の委託により公益社が従事していたのがきっかけで、解剖体の搬入業務を58年間続けている。

 検案の結果解剖と決まった遺体を、大阪府監察医事務所へ搬入する業務を年中無休で行っている。

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〈参考文献〉
『身近な法医学』 著者 塩野 寛
『死体は語る』 著者 上野 正彦
『死体検視医』 著者 上野 正彦
『検視秘録』 著者 支倉 逸人
『この発想が会社を変える〜新しい企業価値の創造』 経団連社会貢献担当者懇談会 編
『模範六法』 2001年版 三省堂
『遺体衛生保全の基礎』 IFSA
『あの世の身体 この世の生命(法医学30年日記)』 著者 柳田 純一
『東京検視官(三千の変死体と語った男)』 著者 山崎 光夫
『法医学ノート』 著者 古畑 種基
『論語』 著者 加地 信行 講談社 2004年3月10日
『朝日新聞』 夕刊 平成16年5月19日
『日本経済新聞』 夕刊 平成16年4月30日


参考資料
『葬祭50年〜株式会社公益社の歩み』
『公益社・社内報きたはま』
『大阪市野宿生活者(ホームレス)の自立の支援等に関する実施計画(素案)』 大阪市
『新たな大都市制度のあり方について』 大阪市
『東京都監察医務院 事業概要 平成15年度版』 東京都監察医務院
『平成13年度(2001年)版 大阪府監察医務 死因調査統計年報』 大阪府監察医事務所
『警視庁発表 自殺者数の統計』
『異状死体・死体検案』 http://forensic.iwate‐med.ac.jp


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