 |
また、世にもめずらしい経験もさせてもらった。というのは、わたしの勤務する国立民族学博物館に公益社でつかっていた宮型霊柩車が寄贈されることになり、私は運転手付きの霊柩車に迎えられるのではなく、それを生存中に迎えたからである。その霊柩車はまだ展示につかわれたことはないが、いずれ役に立つ時がくるはずである。
さて、社葬についてであるが、わたしが最近参列した社葬でひときわユニークだったのはソニーの盛田昭夫名誉会長のそれだった。葬儀委員長をつとめた大賀典雄ソニー会長がタクトを振り東京フィルハーモニーがレクイエムを献奏するかとおもえば、出井伸之社長がみずから司会役をつとめてもいた。規模は大きかったが、そこにはファミリーのような手作りのあたたかさがあった。また、アメリカ駐日大使のT.フォーリー氏は弔辞のなかで最初「モリタさん」と言っていたが、終わりの頃には「アキオ」と親しく呼びかけていた。聞けば、大使の弔辞は前日に予定原稿が急きょ差し替えられ、ソニーが用意いていた翻訳原稿も無駄になったという。そのかわり、いっそう心のこもった弔辞になったことは言うまでもない。
|
 |
| |
もうひとつわたしが感心したのは遺影である。ふつう遺影は祭壇にひとつだけかかげられる。しかし、盛田氏の場合は3つ用意されていた。真ん中の写真は顔をアップにしたもので、にこやかに微笑んでいた。その左右には、盛田氏の執務姿と、腕を組んだ得意のポーズの写真が並んでいた。社葬であるから、家庭におけるくつろいだ姿はもちろん選ばれなかった。しかし、ひとつの写真で代表させるよりも、イマジネーションはより喚起されるように思われた。
考えてみれば、三という数は釈迦三尊像ではないが、おさまりがいい。二は対照的ではあるが、下手をすると対抗的になりかねない。三だと真ん中を中心に統一的な落ち着きがある。三枚の遺影には「さすがソニー」とうならせる自由な発想があった。
|
 |
|
| |
ところで、私事にわたって恐縮であるが、私も去年父の葬式を出した時、ソニーにならって三枚の遺影をかかげることにした。真ん中は晩年の背広姿とし、左右にはそれぞれ30年ほど前の校長時代の背広姿と、杯を傾けている晩年の和服姿を選んだ。教育者だった顔と、酒を愛した日常は、ちょうど父にふさわしいように感じられた。母や兄弟、親戚も賛同してくれた。そして仏式だったが、花祭壇をしつらえ、遺影だけを飾ったのである。
社葬では会社や故人のカラーが色濃く出されることが多い。同様に、一般の葬儀であっても、個性の演出をそれなりに要請されることは少なくないはずである。そこに葬儀の演出家(フューネラル・ディレクター)としての腕の見せ所もあるのではないだろうか。 |
|
 |