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略歴
昭和22年  埼玉県に生まれる
昭和47年 千葉大学医学部卒業
昭和54年 成田赤十字病院脳神経外科
就職
平成7年 同 副院長
平成11年 同 院長
 
時代がいかに変わろうとも、人の心はそんなに簡単には変わらない。
大切な人を亡くした悲しみを乗り越えるには、今も昔同様、十分な時間が必要となる。
 先日、叔母が亡くなりました。享年七十五才ですから、現在の平均寿命に比べれば、早いほうかもしれません。通夜には、叔母、従兄弟、親類縁者、近所の人達等かなりの数の人が集まり、故人を偲びました。葬儀は、いまどき珍しく、近くのお寺で行われ、接待は、「隣組」が行ったそうです。少し前なら、葬儀一切を「隣組」が取り仕切り、家族は何もしないで良かったのかもしれません。また、当世、親類が集まれるのは、結婚式か葬儀ぐらいです。しかし、結婚式も今は、家と家との結びつきというよりは、人と人との結びつきと言うことになり、結婚式に呼ばれるのは、当人の友人とせいぜい伯父、伯母ていどでしょう。その点、葬儀は、亡くなった人を悼む人は、誰でも呼ばれることなく集まれるので、今回も、かなりの人が集まりました。それだけ、叔母は多くの人から、慕われていたということになりますが、家族にとっては、「喧騒の中での葬儀」で、困惑したかもしれません。かつての葬儀では、葬儀そのものは、「隣組」が取りしきり、家族は何もせずに、悲しみに浸っておれました。それができなくなった現在、家族は自分たちのみでひっそりと悲しみに浸りたいという希望があるそうです。今回も、家族の希望はどうであれ、久しぶりに会った親類、従兄弟と思い出話に花が咲いたのは事実です。確かに、叔母との思い出の話も多かったのですが、叔母とは関係の無い、従兄弟達と過ごした子どもの頃の話や現在の状況等の話も多く出ました。なにしろ滅多に会えない人達が一同に会したわけで、またと無い機会でしたから。それもまた、叔母の供養になるというものでしょうか。時には、通夜の席などで、家族があまり知らない人達から、故人の遺徳を聞かされ、家族の知らない、故人の別の面を知るといったことも多くあります。これなども、故人の死を受け入れるうえで、非常に大きな役割を果たしていると思います。
  今日、葬儀は、時間の関係で(?)、告別式と初七日の葬儀がほぼ同じ日に行われます。たしかに、参列する方にとっては、一日で告別式と初七日が行われるのは助かるというのは事実です。しかし、本当にそれで良いのでしょうか。現代は、時間が無いといって、何事も簡略化してしまいますが、人の死を悼む、悲嘆を乗り越えるということは、本当に簡略化出来るものなのでしょうか。現代の人は、悲嘆も短い時間で済ませることが出来るのでしょうか。
  かつて、「死」というものは、村落共同体にとっての「死」でありました。ですから、「死」は、単に一家族だけのものではなく、共同体全体で悼むものであり、悲しみを分かち合い、乗り越えて行くものであったと思います。つまり、「死」は村落共同体の通過儀礼を経てはじめて「死」と認められるものであり、受け入れられていきました。そこには、まず始めに通夜があり、野辺送りがあり、初七日があり、七日ごとの法要があり、四十九日の法要があり、百か日法要があり、春と秋の彼岸があり、夏には新盆があるといったようにです。小生の勤務している成田には、いまでも新盆のある家を子ども達が一軒一軒回る習慣のある地域があるそうです。これも、村落共同体として、その家の人と共に新盆を祭る習慣のなごりかもしれません。そして、その後、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌、三十三回忌等があり、これらを経て、一故人から、租霊になるといわれています。そして、その機会ごとに人々が集まり、亡くなった人を偲び、遠方から帰って来た者は、近況を話し合い、亡くなった人も交えて、大勢で一時を過ごします。このように、かつては、「悲嘆のプロセス」も長い時間と村落共同体という周囲の人々との共同作業によって行われてきたと思われます。いかに、現代の時間が貴重であり、かつてのように、十分使うことができないとしても、悲嘆を経るのには、昔と同じように長い時間が必要なのではないでしょうか。現代のように共に悲しんでくれる共同体の無くなってしまった場合、人々はどのように、悲嘆を乗り越えることができるのでしょうか。かつての村落共同体は、ゆっくりと時間をかけて、共同作業として、グリーフケアを行っていました。時代がいかに変わろうと人間の心は、簡単には変わらないと思います。つまり、かつて多くの人々と共に、共同作業として、また数年かけて乗り越えて来た悲嘆に対しては、現代でも同じような時間が必要でしょう。もし、この作業(悲嘆の乗り越え)を家族のみの少人数で行うのであれば、かつてそれについやされた人数分、より長い時間が必要となることでしょう。このように、「喧騒の中の葬儀」、「何がなんだかわからないうちに終わってしまった葬儀」も実は「悲嘆の乗り越え作業」としては、必要だったのかもしれません。それが昔の人の知恵だったのではないでしょうか。
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