私たちは、樹木葬の中で墓標となる木が桜であるものを、特別な愛着をもって「桜葬」と命名したというわけである。
三月のある日、こんな質問を受けた。
「樹木葬ができて何年にもなりますが、どうしてこれまで、日本人が大好きな桜がなかったのでしょうね」。
その人は不思議がった。
答えは簡単である。これまでの樹木葬墓地の一区画は、半径一メートルぐらいの墓所。その区画ごとに木を植えるわけだが、それが桜だったら、成長すると枝はとても半径一メートル以内には納まらず、隣の区画まで伸びていってしまう。
もうおわかりだろう。桜は一区画に一本植える形態には適さず、大きな木の下に、みんなで眠る形がふさわしいのだ。古来、日本人が愛でてきた桜は、人々が住むそばの里山にあって、桜は里に住む人々みなを見守り、包み込んできた。
「大きな桜の木の下に、みんなで」
このゆるやかな共同性が、桜葬の心地よさである。
■ゆるやかな共同性と自然志向
核家族は、子どもが巣立てば「夫婦だけ」、夫婦の一方が亡くなれば「独居」、最後の一人が亡くなれば消滅する一代限りの家族。親子が同居するからこそうまくいってきた老親介護や先祖祭祀といった家族機能は著しく衰えた。だからこそ介護保険制度ができて、第三者の手を借りるという「介護の社会化」が起こった。
親子同居の家族では、「つながり」「絆」「永遠性」を感じつつ自らの死を迎えることができた。しかし、生き方が多様化し、核家族が主流になった現代社会では、三世代家族のときと同じシステムでは機能しない。
それは決して現代人が薄情になったわけではない。子への愛情があるからこそ、「子どもに迷惑のかからないように」と親たちは介護や死後を第三者に託し、子からは実働ではなく、精神的な支えを求める傾向にある。これが現代社会の家族の「つながり」「絆」である。
家族や親族、地域共同体といった「強い共同体意識」で支えられていた時代が終わり、「ゆるやかな共同性」の時代に入った。
その具体例が桜葬である。個人、夫婦、あるいは家族で入るという個別区画を持ちながら、家族だけでは担いきれないものを、大きな木の下に「みんなで眠る」というゆるやかな共同性に求めている。
では、なぜいま自然なのか。
それは、一つには工業化社会がもたらした自然破壊への反省を伴った自然回帰であり、もう一つは「自然という永遠性」が注目されているのではないか。
従来の墓の継承制は人間関係の永遠性を約束してきたが、子孫があてにできない現代で、「家」の永続性という呪縛から解放され、「絆」や「永遠性」の代替が、家族も含んだ家族外部の人々との結縁(ゆるやかな共同性)や、自然の「永遠性」の中で眠ることなのではないだろうか。
■「桜葬」全国ネット
エンディングセンターでは、「桜葬」全国ネットを呼びかけている。なぜならば、古来から桜とともに生きてきた日本人であれば、桜葬は人々の心をとらえて離さない。当然、「ウチの近くにもないか」という問い合わせが来ることが予測されたからだ。一関市の樹木葬墓地をエンディングセンターが広報活動を担った経験からいえることだが、地方に桜葬墓地ができても、樹木のある風景を見慣れた地元の人には、当初はほどんど需要がない。したがって桜葬の広報活動は、一地方レベルでやっていたのでは、本当に欲しい人へ情報が届かない。だからといって単独で全国展開をするのは難しい。だから市民団体のエンディングセンターが全国ネットを募っている。
現在はまだ五カ所であるが、新聞記事などを見て、桜葬をつくりたい人も、墓地を求めている人からも、問い合わせをいただいている。
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