お盆になると地獄などが描かれた掛軸を掛けているお寺が多い。有名なところでは、毎年8月、京都六波羅の六道珍皇寺の六道参りにおいても、こうした絵が掛けられ、六道珍皇寺の近くの寺院では、さらにその絵の意味する教えをわかりやすく説く「絵解き」も行われる。
このときに用いられるものが熊野観心十界図である。これは江戸時代初頭、熊野比丘尼といわれる女性の宗教者が仏教の教えを説くために持ち歩いた絵である。十界図というように、迷いの世界である地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道の六道と、悟りの世界である声聞界、縁覚界、菩薩界、仏界の四聖をあわせた十の世界が描かれている。さらにその中心には「心」という文字があり、そこから十界それぞれに赤い線が延びている。これは人の心の中には十界すべてが具わっており、心持ち次第で地獄にも堕ちれば、仏にもなれるという考えを表している。
六道珍皇寺の熊野十界観心図
しかし実際には十界といっても、絵の下半分は地獄の場面が中心である。その一方で特徴的なのは上半分にて人の一生が表現されていることで、子どもから大人、老人と段階を追って描かれている。はじめは、家で産湯をつかう誕生の場面である。登り坂には子どもから大人への成長の過程が春の梅や桜とともにある。頂上では松や杉が茂った夏山を背景に大人の夫婦連れがある。木が紅葉になる下り坂では歳を重ねて、孫に手を引かれた老女があり、終わりには冬山に死者の住みかである墓地が描かれている。つまり人生が四季にたとえられている。
こうして一生が終わるとあの世の始まりで、地獄を中心に、つねに飢え苦しみ物を食べようとしても食べられない餓鬼道や、動物となって人間に酷き使われる畜生道、人の姿はしているものの永久に戦い殺し合う修羅道などさまざまな苦しみの世界が生々しく描かれている。
地獄の様子については、生前の行いを写すという浄玻璃の鏡と生前の罪の重さをはかる業の秤があり、閻魔王によって亡者が裁かれている。また剣の山や業火に燃えた地獄の大釜での釜ゆで、暗闇の中を迷う闇穴地獄、氷に閉ざされた八寒地獄などがある。臼と杵で鬼が人をついている衆合地獄、炎に包まれた車で亡者を連れてくる火車などさまざまな地獄が見える。
そしてこうした苦しみの世界から救い出すための手だてもこの絵には示されている。それが中心にあるお盆の施餓鬼供養の場面である。施餓鬼供養とは、飢えた餓鬼に食べ物を施すことで、その善行が死者の供養になるという法要で、よくお盆に営まれることが多い。熊野十界観心図では中心に、餓鬼に施すための山盛りのご飯と餅を盛った祭壇があり、その前に十数人の僧侶が読経している様子が描かれている。こうした絵を通して、人々は地獄の恐ろしさを目の当たりにして、お盆の供養の大切さを勧められたのであった。
施餓鬼会の様子
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