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  今はお通夜というと葬式の前夜の儀礼としてとらえられており、なかには「通夜式」という表現もみられる。そして葬儀告別式に出席できない人が通夜に参列するものとして考えられている。現在の東京などでは、だいたい一般の会葬者は日中の葬儀告別式ではなく、通夜に参列する人も多く、見込みとして通夜の参列者の1/3程度しか来ないと言われている。
  通夜というのは字の通り、「夜を通して」ということであり、夜を通して死者とともに過ごすということである。だから通夜のことを夜伽という地方も多い。つまり死者を慰め、最後の別れをするためにともに過ごすことになる。
  ただし、古代の殯(※かりもがり)が通夜の原型と言われることもあるが、それ以降どのように変容して現在のようになったかは定かではない。しかも庶民では長期の殯は不可能であり、「死人の大食らい」という地方もあるように、葬儀が長期にわたると経費がかさむことから、なるべく早く終えようとする傾向があった。そう考えてみると、殯と通夜を直結させることは難しい。
  すでに述べたように、通夜式といったような儀礼ばったことはなかったのであり、これを示すように多くの宗派では通夜のための特別な儀礼はなく、日常の勤行をすることがほとんどである。また通夜を行う人びとも、かつては多少あらたまった衣服ながら近親者でも喪服を着ることはなかった。  

通夜の念仏・新潟県佐渡市高千地域(1997年)
地域のおばあさんならたいていの人が唱えられる。

念仏の合間の休憩。
酒や煮物などで次の念仏が始まるのを待っている。
 しかも通夜には僧侶が来ず、読経がないという地域が全国で多くみられる。村内に住職がいたとしても、枕経は行っても次は葬儀式の読経となることが多い。この読経の代わりに、地域の老人などによる念仏や西国三十三番や善光寺和讃などのご詠歌が詠唱されることもある。
  通夜では、「仏が迷う」などといって、線香やろうそくの火を絶やさないように近親者が夜通し起きている。新潟県佐渡市の外海府地域では、近親者とともに村人も念仏を行うため一晩喪家で過ごすことが昭和50年代まで行われていた。これは約40分ほどの和讃や念仏を一晩に3回ほど唱えるからである。かつては宵の念仏が午後7時頃、夜中の念仏が午前0時頃、夜明けの念仏が午前3時頃に行われ、それぞれの間には西国三十三番のご詠歌や四国八十八カ所のご詠歌を休憩しながら唱えていた。現在は夜中の念仏を午後10時頃に、夜明けの念仏を翌日にかかるように11時半頃に行って、あとは近親者だけの通夜となっている。
  夜通し起きていることによって、さまざまな飲食を伴うことになる。千葉県東部では、香典とは別に「伽見舞」「通夜見舞」と称して食品が贈られた。九州地方でも、メザマシといって参列者は食品を持ち寄った。このように「見舞」「目覚まし」と通夜の贈答は死者への供え物というよりは、通夜をする人びとへの贈答であったと考えられる。そうした通夜での飲食が、関東地方では「通夜振る舞い」と称し、いまでは刺身や肉などのご馳走が並ぶようになっている。東京でも握り寿司や刺身などはせいぜい30年ほど前からと言われ、それ以前は精進料理として、お煮しめや天麩羅、海苔巻き、稲荷寿司といったものが並んだ。これも葬儀前の精進中であることを考えれば至極当然なのであった。
  このような通夜も、葬儀の代わりとして、しかもその多様化によって、大きく姿が変わろうとしている。
※死人を埋葬する前、しばらくその死骸を棺に入れて安置すること。
 
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