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モーツァルト
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坂本竜馬
1756年〜1791年
ザルツブルクの宮廷音楽家の家庭に生まれる。幼少の頃から神童の誉れ高く、35年の短い生涯の中で600以上の名曲を書き残した。代表作に「フィガロの結婚」「魔笛」「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など。
音楽史上に燦然と輝く大作曲家、モーツァルト。しかし、彼の軽妙でテンポのよいリズムとは裏腹に、その生涯は謎と神秘に満ちているのです。今回は、35歳のあまりに早すぎるモーツァルトの死の真相に迫ります。
 1791年12月5日、みぞれ混じりの冷たい雨が降りしきる中、わずか10年前にモーツァルトが結婚式を挙げたシュテファン寺院で、彼自身の葬儀がしめやかに執り行われました。享年35歳。遺体は時を移さず、その日のうちにウィーン郊外にある共同墓地に埋葬されましたが、墓碑さえ建てられなかったため、間もなく正確な墓の位置は分からなくなりました。同時代に活躍したベートーヴェンやシューベルトが立派な墓所に葬られたのに比べ、あまりにも寂しく哀れな最期だったといえるでしょう。
 「どうやら毒を盛られたらしい…」。これはモーツァルトが死の直前に書き残したダイイング・メッセージです。働き盛りの偉丈夫が急死したにもかかわらず、検死もろくに行われなかったこと、モーツァルトに近づく謎の仮面男がたびたび目撃されていることなど、確かに彼の死には不可解なミステリーがつきまとっています。こうした死にまつわる疑問から、いつしか「モーツァルトは毒殺された」という噂がささやかれるようになりました。
 では一体、だれが、なぜ、モーツァルトを殺さなければならなかったのでしょうか?
 第1の容疑者は、モーツァルトの同僚で宮廷音楽家だったサリエリという人物です。彼は死の前年、「モーツァルトの才能を妬んで、自分が毒を盛った」と告白しています。1984年にアカデミー賞を獲得した「アマデウス」という映画でも、このサリエリが真犯人とされています。
 第2の容疑者はモーツァルトの妻のコンスタンツェです。彼女はモーツァルトが亡くなったとき、別荘に遊びに出かけていて留守。とうとう葬儀にも参列しませんでした。その後、すぐに再婚していることなどから、恋愛感情のもつれから夫を殺害したというのです。
 最後の容疑者はモーツァルト本人です。モーツァルトには持病があり、その治療のために当時特効薬とされた水銀を服用していました。猛毒の水銀が、彼の身体をむしばんでいったことは想像に難くありません。
 モーツァルトの死因については、このようにいまだ多くの説があってはっきりとしませんが、彼が生み出した美しい旋律は、200年の時を隔ててなお私たちに感動を与え続けていることは確かなようです。
 

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