 |
| 高師直・師泰。世が室町時代初頭なら、高兄弟の名前を聞いただけで震えあがってしまうことでしょう。彼らは足利尊氏に従って、鎌倉の北条氏を滅ぼしたほか、最大のライバル・楠木正行を四条畷で撃破するなど、数々の武勲をたてました。室町幕府が成立すると、兄の師直は執事(のちの管領・将軍の補佐役)、弟の師泰は武士を統制する侍所の地位を与えられ専権を振うようになります。 |
 |
『太平記』には、兄師直の横暴について「驕淫奢侈、兇威をほしいままにし、その巨毒をたくましくして怨告する者多し」と描かれています。それもそのはず。師直は、貴族や社寺の荘園を勝手に切り取って部下にどんどん与えたほか、気に入らぬ者があれば相手の身分に関わらず、容赦なく攻め殺してしまったからです。
実は、高家には代々伝わる秘密の置文があり、それには「我が孫は必ず天下を取って家名を輝かせよ…」と記されてあったとか。高兄弟は千載一遇のチャンスに接し、いまこそ天下を我が手にと意気込んでいたのかもしれません。 |
 |
しかし、彼らの栄華も長続きはしませんでした。反旗は足利幕府内部からひるがえり、小さな城に逃げ込んだ高兄弟は敵の大軍に取り囲まれてしまいます。そのとき、側近の一人が武士らしく討ち死にすることをすすめましたが、日頃の威勢はどこへやら、何とか命が助からないものかと、小さく肩をすぼめてうなだれるばかりでした。
やがて、師直に父を討たれた上杉顕能が城に乗り込み、血まなこになって憎きかたきを捜し回りましたが、どこにもその姿が見あたりません。すると、城から出ていく降将の中に、編笠で深く顔を覆い、絣の着物をまとった二人の女官がいるのに気づきました。
「そこの者、なぜ顔を隠すぞ」と問いただしても、女官は小刻みに震えて押し黙っているばかり。笠をはねのけてみると、なんと頬に紅をさし、女性の姿に身をやつした高兄弟だったのです。兄師直は即座に斬られ、弟師泰は思いつくだけの命乞いの言葉を並べたものの、それは寒空に虚しく響くだけでした。
天下に指をかけながら、あまりに哀れな最期を遂げた高師直。「人は死して名を残す」といいますが、彼はまさに「往生際」の悪さゆえ、後世まで名を残す羽目になったのです。 |