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紀元前221年、戦国乱世の中国を統一し、史上初めて「皇帝」の称号を名乗った秦の始皇帝。現世のあらゆる権力を極めた彼が次に望んだことは、永遠の命を手に入れ、生きながらにして秦の国を統治し続けることでした。始皇帝は、いにしえより霊峰としてあがめられてきた泰山に登って自ら神仙術を学んだほか、莫大な費用と労力を注いで、遠く日本やベトナムにまで不老不死の秘薬を探し求めたといいます。
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そんな噂を聞きつけた方士や道士たちは、一獲千金を夢見て始皇帝に秘薬を献上しましたが、その中には水銀やヒ素のような猛毒も含まれていました。不老不死の妙薬は、まさに始皇帝の健康をむしばむ毒薬だったというわけです。
紀元前210年7月、巡遊中の始皇帝はにわかに体調を崩し、中国東北部の沙丘の地で死去。享年49歳。その遺骸は、水銀の川が流れ、黄金のガンが群れ飛び、天井に人工の星座が光り輝く豪勢な地下陵墓に葬られたと伝わっています。 |
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司馬遷の史記「秦始皇本記」によると、「始皇帝は鼻が高く、目が長く、胸がクマタカのように突き出し、ヤマイヌのような声を発し、残忍で虎狼のごとく心を持つ」と記述されています。猜疑心が強く、他人を信用しない彼が、なぜ虚空の神仙世界にのめり込んでいったのでしょうか。冷酷で不遜なイメージがまとわりつく始皇帝ですが、実は迫り来る死の恐怖におびえながら、ひたすら秦の国の発展を願い続けた―、そんな人間味あふれる懊悩に苦しんだ姿が浮かび上がってくるようです。
始皇帝の願いも虚しく、その後、項羽と劉邦2人の英傑の登場によって秦はわずか15年で滅亡してしまいます。始皇帝が築いた絢爛豪華な宮殿や彼が眠る陵墓はことごとく破壊され、その炎は3カ月の間、秦の都咸陽の空を焦がしたともいいます。
わずか一代で広大な中国を統一し、空前の大帝国を築きあげた秦の始皇帝。永遠の生命を追い求めるあまり、自らの足もとが音を立てて崩れていくのに気づかなかったのかもしれません。 |