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葬礼談義 Interview
香山リカさん+吉田武
田辺聖子さん・藤本義一さん+播島幹長
佐藤喜宣さん+吉田武
犬童一心さん+中西通
公益社創業70周年記念対談 藤本義一さん+播島幹長

 
  20世紀、科学・医療のめざましい進歩は長寿をもたらしました。その一方で少子化が急速に進み、いま、日本は少子高齢社会として多くの課題を抱えています。こうした時代において生と死の意味、そして、これまで生と死を分ける儀式として、あるいは独自の弔いの文化として継承されてきた日本の葬儀はどう変化していくのでしょうか。創業70周年を迎えるにあたり、世界の祀りや葬祭文化などにも詳しい作家の藤本義一さんに播島会長がお話をうかがいました。
株式会社公益社
代表取締役会長
作家
播島幹長  
藤本 義一さん

播島 私自身、公益社に職を得てから人の死というものに対する考え方がずいぶん変わったように感じております。端的に申しますと、死は万人に訪れるものだということを身近に感じるようになったんですね。だからこそ、生きているうちは懸命に日々を送らなければならないと思うようになりました。
藤本 私は昭和8年1月生まれですから、公益社とほぼ同い年、人生の70周年を迎えるわけです。中学の同窓会に行きますと、108人のうちの三分の一がもう亡くなっているんですよ。三分の一が出席、あとの三分の一が病気してたり、連絡が取れない人。しかも出席した人たちが口を揃えて「残された時間をどう生きるか」というようなことを言うわけです。これは日本人特有なことです。よく考えてみると、残された時間というのは生まれたときからでしょう。それよりも与えられた時間をどう生きるかという考えを持たないことには、本当の死の意味がわからない。死ぬ時は死ぬんですから。それよりも今日与えられた時間を、明日与えられる時間をどう生きていくか。日本人はそういう算段がないように感じます。
播島 確かにそうですね。
藤本 親父もおふくろも73歳で亡くなりましたが、葬儀は必要不可欠なものだと思うんですね。その前に家の中に仏壇がなければいけない。僕とこは近所にいる孫がうちへ来たときは必ず仏壇を拝みます。自分の食べるカステラでも何でもまず仏壇に供えます。手を合わせて何やらムニャムニャ言っていますが、楽しそうにやっています。今、ゆとり教育についての論議が盛んですが、仏壇は、先祖がいてこそ今の自分があるということを認めさせる大きな意味を持った小さな箱だと思うんですよ。
播島 なるほど。お葬式から徐々に死を受け容れていき、亡くなった後、仏壇に向かうことが子どもの教育、心の教育につながっていくとお考えなのですね。
藤本 そうですね。ほとんどの家に仏壇がないですよ。親の拝んでいる姿も見たことがない。お水を上げている姿を見たことがないですね。お線香もないですよね。命日もわからない。おおかたの若い人たちは自分たちは勝手に生きているんだ、と思っている。でも家に仏壇があって、両親が拝んでいるのを見て育った子は、「俺が今いるのは、この人たち、見えないこの人たちがいるからいるんだ」という意識をもっています。そういう意識をもつことは人間が成長する上でとても重要だと思います。
播島 日本は八百万の神と言われますので、あまりに神や仏が多すぎて自分の先祖にも感謝することを忘れてしまったのでしょうか。
藤本 東南アジアとかヨーロッパでも南米でも先祖がいて自分がいるという考え方が現代人のなかにも根強く生きていますね。ヒンズー教では、日本で言うと仏壇みたいなものですね、木の幹があって枝が這っていて、ここに梨のような黄色の実が13個なっている。そこに13代前のご先祖の名が全部書いてある。いつもそれを見ていますから、生活が貧しくても、この人たちがその時代を生きて歴史を作ってきたのだから俺たちもがんばろうという気持ちをもつんです。死んだ人をガンジスに流す時にも儀式があります。どんな貧しい国に行っても先祖に対する敬いの気持ちというのはまったく変わっていないんですね。それは国によって神であったり仏であったりちがいますけれども、お葬式もきらびやかでなくてもいいけれど荘厳であってほしいという気持ちを持っているのではないでしょうか。日本の場合は「葬儀という儀式」と「生きるという理念」が一体となっていない場合が多いでしょ。
播島 昔の日本人は先祖がいて自分がいると考えていたように思います。日本人はそういう死の概念を継承していないということですね。
藤本 そうでしょうね。最近、僕が感動したのはロシアの飛行機とドイツの飛行機とが空中衝突して52人もの子どもたちが亡くなった事故のニュースで、お孫さんが死んだんでしょうね、僕くらいの年齢のおじいちゃんがこう言っているんですね。「神様は純粋無垢な子どもが必要だったのだろうか」と。だから神様に差し上げたのだと言うんですね。残っている地上の者は悲しいけれど、神様は何か52人の使徒というか、そういうものを必要となさったのに違いないと。そうすると皆、納得してうなずいているんですね。そういった気持ちは日本人は持っていないですよね。
播島 それぞれの国や地域によって、死に対するあるいは死者に対する思い、しきたりごとも違いますけども、「死」というものを厳粛に受け止めて「生」を考える視点をもつためには、死に対する教育、いわゆるデス・エデュケーションというものが必要だと思いますが、日本ほどそれがなされていない国はないように思います。
藤本 まったくおっしゃるとおりです。死は不吉であると思っている。そうじゃないんですよね。死というのは四次元の世界で、我々はこうやって三次元の世界にいるけれど、本の世界は二次元の世界。人は本を読んでそれを現実に活かしている。つまり二次元を活かすのは三次元です。すると三次元の我々を活かすのは四次元の世界です。上に上がっていくのだから。死の世界を何も恐れるとか怖がることはないはずです。死んだらうまい物食われへんとか、死んだら海外旅行に行けないとか、くだらない否定面ばかり持っていますね。三次元が二次元の本を読んで二次元を立ち上がらせていくでしょ。だから四次元の世界に我々が入っていくということは、さらに高みに昇っていくのだから、もっとおおらかな気持ちで死というものを捉えた方がいいと思うね。だからせめて葬儀というものを素朴でも心をこめてやっていくという精神だけは、もう一度見直した方がいいと思います。

播島 公益社は「まごころ葬儀の創造」を社是として掲げております。その根本は何かと申しますと、実に当たり前のことで、死者に対する尊厳とご遺族に何かお手伝いさせていただくという気持ちをどう表現するかということです。
藤本 こないだ田辺聖子さんのご主人が亡くなりまして、僕が弔辞を読みました。おそらく田辺さんの知らんことを述べていくわけです。弔辞を読み上げたあと最後に「カモカのおっちゃん、今の弔辞を聞いていて、おそらくへたな作文やなとおっしゃると思う。採点するなら甲はやれんとおっしゃるかもわからんけども、おっちゃんこれはね、香華です」と言うと田辺さんも笑っていました。それでみな和やかになったんです。僕は陽気というか明るさというか、遺族に生きていく希望を与えるような葬儀というものが演出されてもいいと思っています。
播島 ご遺族やごく親しい方が穏やかに死を受け容れて明るい方向で故人のお話をされると、参列された皆さんも亡くなられた方に思いを馳せ、きっといい所へ旅立たれたなという気持ちになって、落ち着いてお送りすることができますね。故人を囲んで穏やかなひとときを共に過ごすことがお葬式の根本ですね。
藤本 生者がね、死者に対しての理念ではなしに「思い」を与えるようなかたちが葬儀ですね。
播島 大きなお葬式や社葬でも柔らかな雰囲気のなかで故人をお送りすることが何より大事ですね。
藤本 僕の親父が死んだときに、いただいたお香典を整理していたら、そのお香典の中に古い皮の靴すべりが入っていたんですね。親父の小学校の友達なんです。明治時代の小学校で革靴を履くということは最高のエリートだったんですよ。小学校のときから一番大事にしていたものを、親父の葬儀のときにお供えに来られたんです。お金ではなしに。素晴らしいと思いました。
播島 そのお友達は亡くなられたお父さんに本当の意味で思いを馳せてられたんですね。
藤本 考えた結果が靴すべりだったんでしょうね。私は世界の結婚式を取材したことがあるんですが、スペイン、ポルトガルあるいはギリシャあたりだと、自分の手作りのものを持ってくるんです。刺繍とか靴下とかね。まだ赤ちゃんも生まれていないのに、ベビーのためになんか編んだとかね。そういうものが結婚式で披露されるんです。お金は誰も持ってこない。お金では、スペインの奥の方のロンドというところでやっていたのは花嫁さんの衣装に、日本で言うと5,000円とか1万円札をピンでとめていくのです。お金を衣装に一杯つけてもらっているんですね。イヤな感じには見えなくてひとつのファッションになっていました。
播島 それがお香典の源なんですね。
藤本 そうだと思いますね。アフリカなどは喪に服する。といっても暗くないんですね。喪に服することによって、死者がよみがえって来る。日本で言ったらお盆みたいなことです。その時は断食みたいな形を取りますがそれも暗い意味ではなく、弔いよりも尊敬の意味でね。尊敬の意味を死者にもたすものとして、日本のお葬式ももっと工夫できると思いますね。

播島 私はこれからの公益社について大きく分けて3つのことを考えております。10年ぐらい前までは葬儀会社として、葬儀だけをただ単に取り仕切って3日なら3日間で終わって、「あ〜、今日もこうして終わらしてもらったな」というような会社だったんですが消費者のニーズが多様になり、それに応えるためにはシステムとか仕組みをきちんと持っていなければならない。ただそれは複雑にするのではなく単純化するということで、グループの再編成を行い、専門特化した別会社をつくりました。この70周年でやっとこれが終わったわけなんです。
二つ目は現在生きている方へのアプローチですね。私どもは「人」だけの会社なんです。たとえば、介護という仕事のなかで私どもの得意分野である食の提供が考えられるわけです。
三つ目は、人づくりです。同業社のなかでも後継者への教育や社員の研修をしてほしいという声も聞いておりますし、葬儀を含めた「サービス業」を支える本当にやる気ある人を育てる教育機関というものをつくりたいと考えています。そこでは技術的なことも、当たり前のことを当たり前にやるという道徳のようなこともきっちりと教えていきたいと思います。
藤本 今、学校とおっしゃいましたが、人生哲学教室みたいなものでいろんな人に語ってもらうのもいいかもしれませんね。誰か人と出会うことによって自分というものが作られていく。それは長い期間でなくてもいいんです。吉田松陰の松下村塾でもね、6カ月か1年ですもの。
播島 わずかな時間でも凝縮すればあれだけの人材を輩出することができるんですね。
藤本 適塾は10年、15年ぐらいかかって、2,000人ぐらい出ていますけどね。今は明治維新前の日本を学ぶべき、そういう時代かも知れません。
播島 ただの職業人というか単純なマニュアルを教えるのではなく、何か人生修行場のような学校がいいんでしょうね。理想を言えば師匠と弟子のような関係のなかで継承していくのがいいですね。
藤本 今の若い人もそういう塾を求めているのではないかと思います。最近のフリーターの諸君は、特にね。現代人の頭をコンピュータ技術で完璧なものを作ると、300兆円かかるという。300兆円というのは1万円札で積んでいったら、富士山の299倍だそうです。だから使わなければいけないのに使い切れていないというんですね。
播島 人間はそれだけの能力を先祖から贈られた財産として持っているんですね。私どももその頭を使って知恵を出さなければいけません。お葬儀だけでなく葬儀の周辺部門も含めて、ご遺族をわずらわせることなくワンストップでお応えできる会社にしたいと考えています。そのためには「人」をつくらなければならない。また人を作るには土壌がいる。そういう腰の座った企業にしていきたいですね。また私どもは上場もさせていただいている会社ですから一般のお客様と会社を支えている株主様、それから従業員がいる。三位一体が正三角形でその一辺ずつをバランスよく大きくしていければと思っています。本日は貴重なご意見をいただきました。ありがとうございました。
藤本義一 昭和8年1月25日大阪府堺市生まれ。大阪府立大学経済学部卒業。学生時代からラジオ・テレビドラマの脚本、舞台脚本を手がける。昭和32年「つばくろの歌」芸術祭戯曲部門で文部大臣賞受賞。昭和49年「鬼の詩」で第71回直木賞受賞。テレビ「11PM」の番組開始から25年に渡り司会をつとめた。映画界においては、故川島雄三監督に師事。脚本「質問あり」「犬シリーズ」「駅前シリーズ」「悪名シリーズ」。昭和40年代に本格的に小説を書きはじめる。大阪の人情話・商人道などをテーマに取り上げ、突き放しながらも、軽妙なタッチで描く作風は、上方文化を愛する者には、こたえられない魅力をもってひきつける。著書「鬼の詩」「迷子の天使たち」「蛍の宿」「よみがえる商人道」「なにわ魂」「一日は長い・一生は短い」。新刊「人生レシピ」「人生はいつも始発駅」「人生の賞味期限」。
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